仲間・コース

昭和のゴルフブームを数字でふり返る|入場者・会員権相場・パーシモンからメタルへ

木造クラブハウスの前に置かれた革のキャディバッグとパーシモンクラブ、白い帽子(AI生成イメージ)
この記事の目次
  1. きっかけは1957年のカナダカップ
  2. 会員権は「家が買える値段」に
  3. 道具の変化:パーシモンからメタル、チタンへ
  4. あのころと、いまを比べると
  5. 昭和のコンペ、あなたは何と呼ばれていた?
  6. まとめ
    1. 今日のラウンド判定

先に結論です。日本のゴルフは、昭和32年(1957年)の「カナダカップ」優勝をきっかけに一気に広がりました。ゴルフ場の延べ入場者は、1956年の約182万人から、1970年には2,000万人をこえ、平成4年(1992年)には初めて1億人を突破。会員権の相場は、1990年に関東などの平均で3,632万円まで上がりました。いま60代・70代の方が「コンペの常連」だったころを、ゴルフ業界誌「月刊GEW」の記録と数字でふり返ります。

きっかけは1957年のカナダカップ

1957年、埼玉県の霞ヶ関カンツリー倶楽部で開かれた国際大会「カナダカップ」(いまのワールドカップの前身)で、中村寅吉・小野光一の日本チームが優勝しました。テレビや新聞で大きく報じられ、ここからゴルフが「見るもの・やるもの」として広まっていきます。

年ゴルフ場の数延べ入場者
1956年(昭和31年)116コース約182万人
1959年(昭和34年)160コース330万人超
1964年(昭和39年)—1,000万人
1969年(昭和44年)469コース—
1970年(昭和45年)—2,000万人超
1985年(昭和60年)1,407コース—
1992年(平成4年)—初の1億人超
月刊GEW 2014年1月号p194、2017年3月号p45-48、2022年7月号p54より。「—」は記事に数字がないもの

東京オリンピックの年(1964年)に1,000万人、大阪万博の年(1970年)に2,000万人。わずか十数年で10倍以上になりました。1972年の「日本列島改造論」でゴルフ場の開発はさらに進み、1973年のオイルショックで一度冷えこみます(月刊GEW 2017年3月号)。

会員権は「家が買える値段」に

ゴルフ場の会員権の相場(関東と静岡・山梨の平均)は、次のように動きました。

年会員権の平均相場
1972年(昭和47年)411万円
1978年(昭和53年)376万円
1985年(昭和60年)2,000万円台
1990年(平成2年)3,632万円(最高値)
1993年(平成5年)925万円
1997年(平成9年)514万円
2008年(平成20年)139万円
2021年(令和3年)110万円
桜ゴルフ調べ(月刊GEW 2022年7月号p53-55)

最高値のころには、名門コースの会員権が4億円をこえたこともありました(月刊GEW 2012年9月号)。1970年前後に会員権を買っていたのは「大手企業が圧倒的で、個人ではお医者様」だったといいます(月刊GEW 2022年7月号)。昭和のゴルフは、会社の接待やコンペが主役でした。

バブルがはじけると相場は3年で4分の1ほどに下がり、のちに経営が行きづまって法的整理となったゴルフ場は約900〜1,000コースにのぼります(月刊GEW 2014年1月号、2022年7月号)。

道具の変化:パーシモンからメタル、チタンへ

  • 昭和のドライバーは、柿の木の「パーシモン」が主流
  • 1982年(昭和57年)春、マルマンのメタルドライバー「ダンガン」が本格発売。宣伝費は推定10億円で、メタルの時代が始まる(月刊GEW 2012年9月号、2017年3月号)
  • それでも1985年春の時点では、日本でメタルを使う人は「ほぼゼロ」。切りかわったのは1990年代(月刊GEW 2015年7月号)
  • 1990年(平成2年)、チタンのドライバーが登場し、いまの大きなヘッドにつながる

「パーシモンの芯で打ったときの音が忘れられない」という方も多いのではないでしょうか。

あのころと、いまを比べると

ピークのころいま
延べ入場者1億人超(1992年)約8,750万人(2025年度)
ゴルフ場の数2,460コース(2002年)2,166コース
会員権の平均相場3,632万円(1990年)110万円(2021年)
いまの入場者はNGKの速報値をGOLF100編集部が集計。ゴルフ場の数はNGK(月刊GEW 2026年2月号)

入場者は最盛期の8割以上を保っています。そして今のゴルフ場を支えているのは、昭和のブームを知る世代です。2025年度の利用者のうち、70歳以上(利用税の非課税者)は23.6%。4人に1人にあたります(都道府県別ゴルフ場利用者ランキング)。会員権が安くなったいまは、昔は手が届かなかった名門コースでプレーしやすい時代でもあります。

昭和のコンペ、あなたは何と呼ばれていた?

「コンペ荒らし」「ドラコン番長」……。昭和のコンペには、仲間うちのあだ名がつきものでした。GOLF100では、16の質問に答えると、あのころのあなたのあだ名がわかる「昭和ゴルフ あだ名診断」を作りました。当時の仲間に送って、思い出話のきっかけにしてみてください。

まとめ

  • 1957年のカナダカップ優勝をきっかけに、ゴルフは一気に広がった
  • 延べ入場者は1964年に1,000万人、1970年に2,000万人、1992年に1億人をこえた
  • 会員権の平均相場は1990年の3,632万円が最高値。いまは100万円台
  • 1982年のメタルドライバー登場、1990年のチタン登場で道具も大きく変わった
  • いまも利用者の4人に1人は70歳以上。昭和の世代がゴルフ場を支えている

参考文献・出典

  1. 月刊GEW 2017年3月号 日本のゴルフ市場の歩み(p45-49)
  2. 月刊GEW 2022年7月号 会員権相場とゴルフ場の歴史(p53-55)
  3. 月刊GEW 2014年1月号 ゴルフ場数の推移(p194)
  4. 月刊GEW 2012年9月号 メタルドライバーと会員権(p45、p48)
  5. 月刊GEW 2015年7月号 マイク青木氏の記事(p82-83)
  6. 月刊GEW 2026年2月号 ゴルフ場数(NGK)(p22-23)
  7. 日本ゴルフ場経営者協会(NGK)月別ゴルフ場数・課税者数・非課税者数【速報値】